角田光代『紙の月』を聴いた。
紙の月あらすじ
裕福な家庭に生まれ、大人になってからもカード会社で働き、安定した収入を得ていた梅澤梨花は、夫・正文との結婚を機に家庭に入る。愛する人と幸せな日々のはずだったが、子どももできず、何をするにも夫に許可をとらなければならない立場というのは梨花には窮屈で、次第に暗い気持ちになっていく。しかし、友人の中條亜紀に、前職を生かして銀行でパートタイマーをするのはどうかと勧められ、再び働きに出ることを決める。営業という仕事は楽しく自分に合っており梨花は明るさを取り戻すが、夫である正文は梨花が稼ぐのがおもしろくないようで、折りに触れて梨花の収入の低さや仕事の重要度の違いを遠回しに言い、あくまでも経済力が上で養っているのは自分の方だということを暗に示すのだった。
夫との心のすれ違いが1年ほど続き、意を決して資格を取得してフルタイム勤務に変えた梨花はある日、顧客である平林孝三の家で孫の光太と出会う。そして後日、光太に誘われた梨花は一緒にバーに行き、久々に軽やかで心地のいい時間を過ごした。自分よりも年上でおばさんである自分を「最初に会った時、いいなと思ったんだ。」と褒めてくれた光太の言葉は心に残り、営業終わりにデパートに寄った梨花は、いつもなら決して買わない高額な化粧品を手にとる。そして手持ちが無かったにもかかわらず、何も考えず迷いもせず、営業で預かった顧客の現金を使って支払ってしまう。後で元に戻せばいいだけだと思っていた。そして実際そうした。こんなことが二度とあってはいけないとクレジットカードを作ったが、このことをきっかけに梨花の感覚は狂い始める。
異動が決まり、夫が家を空けることが多くなると、光太に会う回数も増えていく。結婚指輪は外すようになり、給料の半分は服と化粧品代に消えた。そして出会って3か月後、2人きりの新年会で酒を飲んだ後、一夜を共に過ごす。自由を初めて手にしたかのように、罪悪感も不安も感じず万能感の心地よさに浸った梨花は、その日を境にまた変わる。高額な買い物に躊躇はなくなり、夫のしらしめの言葉や態度も笑って流せるようになった。そして光太に50万円の借金があることを聞き出した梨花は、定期預金証書を偽造し、光太の祖父である孝三に判を押させて200万円を着服する。それでも足らないと知るとさらに山之内夫婦から同様に50万円を騙し取った。光太も律儀に返す様子を見せ、梨花はこれっきりにするつもりだった。しかし…。
夫の上海への2年間の転勤が決まる。そして梨花は同じ時期、顧客である名護たま江から「夜中に誰かが家の中に入ってくるから預かっていてほしい」と通帳と印鑑を預けられる。この2つの出来事は、完全に梨花のタガを外させた。ぼけはじめている名護から500万円を着服し、光太とホテルのスイートルームに連泊。光太のアムステルダムへの旅行代金を工面し、次々と偽造証書を作成。しかし梨花はまだ、いずれ返せると本気で思っていた。そして上司による証書の確認というピンチもなんとか切り抜けた梨花は、歪んだ自信を持つようになる。
光太との逢瀬専用に二子玉川にある家賃28万円のマンションを借りた梨花は、もう顧客から総額でいくら”借りて”いるのかはわからなくなっていた。光太はいつのまにか大学を辞めており、梨花はふと不安になる。「もし私が一文無しになったらどうする?」。「梨花さんとお金があるからいっしょにいるように見える?僕は何を買ってほしいとか言ったことがある?」と返された。確かに、それは一度も無かった。
山之内夫妻が予定よりもだいぶ早く定期を解約したいと言いだし、ついに梨花は窮地に追いやられる。金はすでに無い。ありもしない架空の金融商品を作り上げ、残りは消費者金融から借りた。そこから自転車操業が始まり、梨花はそこで初めて今までのお金は決して返せないのだと気づく。しかしそれならば、突き進むしかない―。
同時期、光太に女の影を見る。探偵事務所3社に調べさせ、それが間違いでないことを知っても梨花は光太との付き合いをやめなかった。しかし夫が上海勤務から日本に戻ってくることを知り、逢瀬のためのマンションを改めて買おうともちかけると、光太は「お願い、ここから出して」と泣いた。
光太とはほとんど会わなくなり、再び夫と過ごす日々が始まる。偽造証書を作り続けながら梨花は「お願い、(誰か不正している私を)見つけて」と心の中で叫ぶようになっていた。そしてついに梨花は銀行からボーナスという名の休みをとらされる。他支店で不正が見つかり、一斉点検するらしい。覚悟を決めた梨花はマンションを解約し、通帳を燃やし、そしてタイに旅立つ直前、「私のことを全部忘れて。梅澤梨花なんて知らないって言って」と光太に電話をかける。旅行という名目で夫と共にタイへ飛び、仕事で先に帰る夫と別れ、梨花はタイに残る。
目の前の川を渡れば自由になれると思うのに行けない。すでにビザ無しで滞在できる1か月を過ぎようとしていた。タイ人の男と目が合い、「ご旅行ですか?パスポートを拝見していいでしょうか?」と聞かれる。そして梨花はつぶやいた。「私をここから連れ出してください」。
梨花や亜紀を飽くなき消費へと向かわたものは、彼女たちが抱える不全感・不安感である。
ところで、最近のわたしもまた不全感・不安感に囚われていた。
仕事も何も、していないと云う引け目。
いちど、精神的に折れてしまった人間はもう二度と這い上がれないのではないか、と云う絶望感。
何かを頑張ろうとはじめたところで、負荷をかけたら、また心が折れるんぢゃないか。
だから、『紙の月』はわたしにとって、ホラーよりもこわい小説だった。
梨花や亜紀の歪(ひず)みがとても他人(ひと)事とは思えなかったからだ。
わたしも、一歩間違えばこうなる。
確信できた。
ぢゃ、どうすれば、そうならずに済むのか?
わたしは考える。
書くことだ。
声優になると云うもうひとつの夢は、自ら手放してしまった。
それは、まあ善い。
元々、声優は職業作家になってしまった場合、食べて行くためには書きたくないことも書かなければならないかも知れないと思って、思いついたものだった。
それなら、職業は別に持とうと思ったのだ。
だから、手放したこともまあ善い。
だけど、書くことについての夢はあきらめては以可(いけ)ない。
わたしの根幹に関わることだから。
作家として、食べて行けるかは判らない。
それでも、作家になるのだと云い続けよう。
少し前まで、わたしは迷いに迷っていた。
大学院に行って、臨床心理士を獲ろうか?
それとも、障害者でも雇用してくれる企業を見つけて、働いてみようか?
けれど、もう迷わない。
臨床心理士も仕事も、それだけをやりたいひとにまかせておけば善い。
わたしはわたしにしかできないことをやろう。
やっぱりそれは、書くことだ。
わたしはもう迷わない。
書こう。
わたしにとってのあまたの真実を書くのだ。
迷いが晴れてみると、
左手首のブレスレットのことが気になった。
かつて、幾つもの瑕(きず)を作った、わたしの急所である左手首にしたパワーストーンのブレスレット。
ここのところのわたしの悩みを受けて、
穢(けが)れを溜め込んだであろうブレスレット。
真夜中だったけれど、
わたしは車椅子に乗った。
ブレスレットを浄化しよう!
塩水を作り、洗う。
拭かないままで、また、左手首につける。
生まれ変わった気分。
最近のコメント