キャラメル☆ファンタジー。(←可愛いコトバ♪)


キャラメルボックスを観に行った。ちょっと久しぶり。実はアプルは舞台との距離感があまり好きぢゃないのだけど、それでもとても楽しかった。

わたしがキャラメルを好きな理由。
まず、出会いが良かった。高校の頃に友人からNHK-FMのラジオドラマ「サンタクロースは歌ってくれた」を借りて大笑いw(^o^)wしてから、キャラメルはわたしの憧れだった。
実際に観たのはそれから数年後のこと、わたしはもう自分の夢を自覚してこの世界に足を踏み入れており、そこで出会った友人がキャラメルのサポーターで、連れていってくれたのだ。演目は「カレッジ・オブ・ザ・ウィンド」。衝撃だった。とにかく泣いた。張り巡らされた伏線、舞台上の圧倒的なまでのエネルギー、そうしたものに翻弄され、言葉もでず、何がどうと云えないままに「すごい、すごいよぉ」を泣きながら連発していた。

芝居の技術が凄いわけではない。微妙にくさかったりもする。
ただ、その勢い、しっかりとした肉体訓練に裏打ちされたエネルギーに圧倒されたのだ。そして、演劇を愛する想いとその世界観。

…つづく。
 
 

本番終了。そして現実が襲ってくる。


本番終了。
お芝居、やって良かった。本当にそう思った。
なんだろう…

舞台の上にすごく居場所があった。
いつもの逃避に近い入り込みともまた違って(それは勿論あるのだけど)、
舞台にいることが、なんかしっくりした。

わたしは今まで、
自分は声のひとだと思っているところがあったし、舞台経験も殆どなくてそのコンプレックスもあったし、「舞台の人」と一線を隔しているようなところがあった。
劇団のみんなに対しても、「さすが舞台の人だなぁ、すごいなぁ」と思うようなところがあって、心理的な面で多少の遠慮があったのだと思う。

云わば、
自分の専門外のところに、ちょっと遊びに来ているかんじ。
足を踏み入れているかんじ。
そんななのに、こんな思い切ったことやらせてもらっちゃってゴメンナサイ、みたいな(←だからって決して実際の行動では遠慮してない辺り、さすがに図々しいです)。

けれど、
今回の公演ではそれがなかった。
自分も「舞台の人」になれた気がする。

何だ、わたし、舞台、いけんぢゃん?
ひどく楽天的な言葉で云えば、そんなかんじ。

今まで、いろんなひとが、翠は絶対舞台向きだよ、とか、舞台やった方が良いよ、と言ってくれて、それを嬉しくもくすぐったくも思ってきた。けれど、わたし自身だけが、どうしてもそれを信じられずに居たのだと思う。
だけど、今回の公演では、それを、どうしてだか信じられるようになってしまったのだ。

人生って不思議。
何が起こるか判らない。
…けれど、どうしよう…舞台をやって行った方が良いのかなぁ…悩みは増すばかり。
マンザナで過ごした夢の世界が終わって、現実のわたしは何も変わらず、相変わらずオロオロ立ち竦んだまま。

それでもきっと、ひとつの実感を得たことは、それなりに輝かしいことなのでせう。
 
 

卒業する友に寄せて


未来。耀かしいかどうか。

思い出。美しいかどうか。

それでも
今、この瞬間、輝きは確かに君とともに。
 
 
++++++++++++++++++++++++++++++
 なんだか、余り耀かしい未来の人はいなくて、
 それでも、翠よりは少なくともマシだわ、と思ってる人が
 多いらしくて、ちょっと困ってしまいました。
 変な優越感や、その裏側にある迷いとは、
 余り関わりたくありません。
 それでも、純粋に、おめでとうと、今日のわたしは思えました。

 
 

消えた広告……身の毛もよだつ春のミステリー


山手線に今度始まるらしいドラマの広告をみつけた。真っ赤なやつ。
主な登場人物として8つの言葉が書いてあった。
殺人者、逃亡者、被害者、~とかそういうやつ。
それがすっごく気に入った。

そのすべての形容詞をすべて一人で満たしている人物が居たら凄いな、と思って一生懸命考え始めたのだ。こういうことを考え始めると、とにかく夢中になってしまう。

昔、被害者だったのが殺人者になる、とかぢゃダメだ。
とにかく8つすべてを同時に満たしている存在でないと。
そんなことを、ひとしきり内向して考えて、もう一度広告に目を戻した。

……ない!!!
広告が消えたのだ!!

思わず、声を上げてしまう。

「どうしたの?」一緒に居た友人は元より、車両中の人が不審そうにわたしを見る。
けれど、不審なのはわたしぢゃなくて、広告の方なのだ。
わたしは思いっきり動揺してオロオロと広告を探し回り、それでも広告がないことに気が付いて、すっかり怖くなってしまった。

その途端、音楽が鳴り、ドアが締まった。
わたしの動揺をよそに、電車は何事もなかったかのように発車する。
そして、おどろいたことに、その途端、
あの広告も元に戻っていた。


驚愕の余り再び上げそうになる声を押さえたその瞬間、
わたしは唐突に気付く。

広告のステッカーは列車のドアに貼ってあるのだということに。
身の毛もよだつ春のミステリーなんて、全く起こっていなかったことに。
……嗚呼、愕いた。ほんと。

 
 

北島マヤ症候群


無駄に熱いのって好き。あくまで無駄に、である。
だから、『ガラスの仮面』とか無性に好き。
ちょうどお芝居を始めた頃に読み始めたせいか、しっかり自分と重ねたりして。マヤなんてもの凄いし。

そしてなんとも畏れ多いことにそのマヤに似ていると云われてしまった。
演出家曰く、
現実との折り合いの悪さと、逆に芝居になったときの入り込み方がマヤっぽい。
要するに、ちゃんと地に足を付けて現実を歩けないが故に、架空の世界をより一層自分の現実として生きやすい、ということ。

云ってる意味は分からなくもない。けれど、それって、つまりは基本的にダメダメだってことだよな…。うーん。
 
 

ひたすら眠りのスパイラル


昨夜から今日にかけて、久し振りにサークルに顔を出しての飲み会、そしてバカップルさわぎで、相当テンション上がってはしゃいだので、うちに帰ってもしばらく眠れず、漸く眠れたと思ったら、それこそどこまでもの世界だった。
なんと、11時くらいまで眠ってました。夜の。

そして夢をたくさん見た。
夢は最近のわたしのやすらぎのとき。
どんなに悲しい夢でも現実より美しいから、楽な気がする。

バカップル


友人に久し振りに会ったら、史上最強なバカップルに成り果てていた。
目のやり場に困るような。
三人で話していても、気が付くとテーブルの下で二人手を握っているような。
しかも、両手!!
ちょっと席を立つときにもそのまま手を離さないし、
所構わずキスはするし、

揶揄って「おまえらもう結婚しろよ!」とみんなが言えば、
真顔で、「うん、結婚したいって思ってるんだよね」と答える始末。

最初のうち、いろいろやさぐれているわたしは、友人の幸せを喜びつつも、つい我が身に引き比べてしまって、わたしがこんなに忙しいのに、幸せで結構ですね!!とかなり僻みモードだったのだけど、
二人のラブラブっぷりをしっかりみせつけられているうちに、
なんかそういう自分の状態がどうでも良くなってしまった。
不思議なことに。

そして、最後には、
今この瞬間、こんなに愛し合う二人っていうのは、
もうそれだけで絶対的に尊いし、つよいんだな、と
なんか納得して感動してしまいました。

恐るべし、バカップル!!

とてもおっきいけれどダメダメな発見。


芝居の稽古をしていて芝居以外のことで気付かされることが多い。
今日のもそういうやつ。

エチュードをやるとき、相手や世界と懸命に関わる。それがきちんとできれば、不安なく状況にのっかって楽しむことが出来る。

その話をしていて、ふと気がついた。
わたしがエチュードやお芝居よりも現実世界が辛いのは、だからだ、と思った。

甘美な後ろめたさ


こんなことやってるばあいじゃないのに…
ここのところそればっかり。

そんなばあいじゃないと思えば思うほどいろいろやりたくなるのはなぜだろう。

こんなこととてもひとにはいえないと後ろめたく思いながら、同時にそれがこの上もなく甘美にも感じられるのはなぜだろう。

喉のお薬


病院に行き、喉にお薬を塗ってもらう。
わたしはこれが好き。

他にも注射とかオブラートとか、病院アイテムはいろいろ好き。

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