■2019-01の連載小説。
2019-01-01
リヒャルドの白い襯シャツ 衣
ミカヅキカゲリ
              
2019-01-02

  

  

  08 時
 

  

  

 
真白い襯 シャツ 衣を着る。
 
2019-01-03
真白い、まっさらな襯 シャツ 衣――。
 
何処までも、真白い、まっさらな襯 シャツ 衣――。
2019-01-04
真白いまっさらな襯 シャツ 衣が必要なのだ、僕には。
 
胸元を寛がせて、釦 ボタン を留める。
 
2019-01-05
ネクタイを頸 くびに掛け、鏡の前に立つ。
 
抜けるように白い肌に漆黒の髪。
 
2019-01-06
幾分、伸ばしすぎたその髪は、柔らかく頬に掛かる。
 
特にいいのはその眸 めだ。
 
2019-01-07
翠 みどり色の虹彩は、明るすぎず、暗すぎず、禁欲と堕落を同時に含んで、耀く――それは、誰しもを誘惑せずには置かない耀きだ。
 
僕に騙される人はけっこう多くて、それが普段はありがたかったりする。
 
2019-01-08
イメージ戦略――。
 
そう、僕は呼んでいるのだけれど、他 ひと 人が、僕を眺めて、僕に抱くイメージを、僕はそのままにする。
2019-01-09
敢えて、訂正も是正もしない。
 
イメージはイメージのまま、放置するのだ。
 
2019-01-10
時折は、助長することさえ、する。
 
僕に向けられる欲望の視線を、放置し、いっぽうで、煽り立てることさえ、僕はする。
 
2019-01-11
他 ひと 人の欲望の視線はそうやって、加速する。加速する欲望の視線は、それ自体、膿んででもいるかのように、加速度を増してゆく――。
 
2019-01-12
僕は何もしない。何もせずに、ただただ、眺めているだけ。
2019-01-13
ただただ、見つめているだけだ。僕をめぐる欲望を、僕はそうやって、放置し、加速させる。
 
2019-01-14
それは、僕には限りなく美しいものに感じられる。この上なく善きものだと思えるのだ。
2019-01-15
          *
 
堕落と怠惰さは、僕の信条なのだけど、授業開始まで三十分しかなくって、僕はいつもの怠惰さを脱ぎ捨てた。
 
2019-01-16
シトラスミントの甘ったるい歯磨き粉で歯を磨きながら、今日の服装を半ば機械的に――さながら自 オートマタ 動人形よろしく、決めていく。と云ってもタイとベストを選ぶだけだ。
 
2019-01-17
襯 シャツ 衣と靴下はいつも真っ白と決まっている。
 
僕が少年であること。
 
2019-01-18
その、自分なりの基準が、まっさらであること、なのだ。真白い、まっさらな襯 シャツ 衣と靴下は、だから、僕が少年であるためには欠かせない。
 
2019-01-19
とはいえ普段はもっと遊びを入れる。
 
適度な堕落と云うものが美には必要だと僕は考えているかだ。
 
2019-01-20
だから、着慣らして少しくたびれたものや幾分流行遅れの大仰なフリルを敢えて持ってくることもある。
普段ならば。
 
2019-01-21
だけど今日は何しろ余裕がない。
 
同じ敷地内にあるとはいえ、旧い城館を改造したこのギムナジウムでは、校舎に辿り着くまでにちょっとした林を抜けなければならない。
2019-01-22
ならないのだけれど、僕には遅刻を恐れて走る趣味はない。
 
自然、手早くなる。歯磨きをしながら、眸 めの端で、ワードローブをチェックし、タイとズボンを決める。
 
2019-01-23
そんなわけで、今日の服装は手早さを優先したものになった。
 
襟に糊をきかせたごくオーソドックスな襯 シャツ 衣。
2019-01-24
勿 もちろん 論、色は白。
 
タイはよりかっちりした印象にするためにネクタイにすることにした。
 
2019-01-25
普段ならば、大仰なフリルのリボンタイを合わせることもあるのだけど、今日はネクタイ。禁欲的なネクタイにすることにした。
 
2019-01-26
ビリジアンベースのストライプのネクタイを緩く結ぶ。緩いけれど、禁欲的に見える程度にはかっちりと。
 
2019-01-27
勿論、襯 シャツ 衣の釦 ボタン も一番上まで留めるわけはない。
 
繊 ほそい頚 くびを見せつけるように、襟元をはだけさせるのが、みんなを誘惑してすり抜ける僕の定番だった。
 
2019-01-28
しかし、決して、だらしなくならないこと。
あくまで、少年らしく、適度の堕落を含みつつも、あくまで、禁欲的に。
 
2019-01-29
ネクタイを結びながら選んだブルーの少し厚手のニットベストはご丁寧にもアーガイル。
 
ズボンはタイに合わせてグリーンと茶系のタータンチェックのおとなしいスラックスを選んだ。
 
2019-01-30
それから真っ白なハイソックス。
 
そこでひとつ軽い吐息を吐く。
 
2019-01-31
これは鏡の前に立つ前の習慣と云うか、おまじない。
 
僕が〈僕〉から〈リヒャルド〉になるためのおまじない。