・誕生日。タトゥーシールを貼ったまま〈三つ子の魂百まで〉めいて  ミカヅキカゲリ

望みはすでにあんまりない。
動くことすら望んでいない。

わたしはなんだか愉快でさえある。
凄く気ままだと思う。
こんなにもあっけらかんとしていて善いのかと思ったりもする。

病院に来た。
わたしは問診票が書けない。
わたしは漢字はたくさん知っている。
だけど、書くことはできない。

介助者は漢字をあまり知らないひとが多い。
でも、わたしの手になり、書いて呉れる。
凄く助かる。

わたしが自由に翔ぶために介助は不可欠。

わたしは介助があればいちおうなんでもできる。
バスに乗って受付をして順番を待つ。
文学フリマで手に入れた詩集を読む。
写メを撮ってTwitterにあげる。

父親から上からなおめでとうメールが届いた。

誕生日おめでとう!
俺の誕生日に抱負を尋ねたけど、俺は聞きません。1日1日を大切に過ごして下さい。
役所に面倒見る気はない。関わったら娘の精神状況が悪くなります。と返事してます。
それもあるので誕生日はメールだけにします。
毎日大変だろうが、なんとかやって下さい。

最近よく考えていることだけど、

子どもの頃、
わたしは生きるのがつらかった。
両親の下で生きて行くことは
もの凄いサバイバルなことだった。

ハッキリ云って、
両親はわたしを扱うひとたちとしては未熟なのだ。
両親はわたしを持て余していた。

わたしの自殺未遂をとめられなかったひとたちなのだ。

今になって、なにを期待すると云うのか?

わたしは介助があれば空をも翔べる。

それでじゅうぶんぢゃないか。

自由をこよなく愛する生き物として
自由をこよなく信じているから

わたしはだいじょうぶだと思う。

望みはすでにあんまりない。
動くことすら望んでいない。

わたしはなんだか愉快でさえある。
凄く気ままだと思う。
こんなにもあっけらかんとしていて善いのかと思ったりもする。

わたしはだいじょうぶ。
生きてゆける。
やってゆける筈。