Gさん(自立生活センターのひと)からメールがきて、非常にもやもやさせられた!

介助者が書いたものだそうだ。
だけど、障害者視点の文章になっている。



眩しい世界

(前略)

当たり前のこと。
当たり前に望んでも誰も笑わないこと。

私には当たり前じゃない。
僕が望めば無理だと言われる。

スタートラインにすら立てない。

(中略)

皆んなの当たり前を求めるんだ。
良いとこだけ望んでも、普通の人達は共感してくれない。

おんぶに抱っこで面倒臭いことは他人任せのくせに欲しい権利は一人前かよと笑われる。

(中略)

だから私たちは私たちの生き方を共感させなきゃいけない。

介助者に守られてる場合じゃない。

守られながら、幸せだけ望んでたら、介助者にすら共感されない。

もう守られる闘いはやめるんだ。

健体者の背中に隠れてたら誰も私を見てくれないじゃないか。

健体者にお膳立てしてもらう裸の王様じゃ誰も僕を本気で相手にしてくれないじゃないか。

(後略)



まず、

なにかのプロパガンダのようで気持ち悪い!



大前提として、

所謂、〈健体者〉の夢として出てくること柄が

ステレオタイプでしかなくて、非常に陳腐だ。



私は

仕事がしたい。

お金を稼ぎたい。

ローンを組みたい。

マンションを買いたい。

そのマンションでカッコいい夫と過ごしたい。

愛しい我が子と優しい夫が待つ我が家の窓明かりを、微笑みながら見上げたい。



だって(ぷっ)!!

〈健体者〉がみんなそんな安っぽい夢を抱いているなんて、

それこそ、噴飯モノの幻想でしかないではないか!



障害者運動の理念として、非常に素晴らしいものである、と云うことくらいは判っている心算(つもり)だ。



それでも。。。

それにしても。。。

この文章は気持ち悪すぎる!



ひとつには、

どうして、〈健体者〉たる、あなたに云われなくちゃならない?

と思わずには居られないのだ。

どうしても思ってしまう……(>_<")! なんで〈健体者〉たる、あなたにそんな風に知ったような口を聞かれなくちゃならない?



もうひとつには、

誰しもが生きてゆくことに、そう前向きになれるとは限らない!

と云うことだ!



そう簡単には生きてゆくことに前向きにはなれないから、

ひとは生きづらさを感じてしまったりするわけだ!



この文章は、

一生懸命、頑張るのが障害者だと云う幻想

に基づいた〈誤った信念〉に依拠しているのだと感じずには居られない!

かつて『五体不満足』で乙武洋匡が健常者の世界に強烈に植えつけた幻想!

一生懸命頑張る障害者と云う幻想!



ところで、自立生活センターには、

「そのままでもわたしには充分に価値があるのだ」

と云うものがある。

「弱い者の立場を獲得することにより、世界はより成熟できる。やさしくなれる。だから、障害者はただ生きているだけで善い。充分に価値がある。」

と云うものだ。

この、ピアカウンセリングの基本である考え方に、わたしはずいぶん励まされたものだ。



ところが、

同じピアカウンセリングを標榜(ひょうぼう)している筈の自立生活センターであるぶるーむのオフィシャルな見解が載せてあると思われるスタッフブログがこんなことを云うのだ。

矛盾しているではないか!



一生懸命頑張るのが障害者であると云う〈誤った信念〉は、

障害者はひと一倍、努力しなければ以可(いけ)ないと云う

乱暴な優生思想

簡単につながって行ってしまう。

その昔(かみ)に、ナチス・ドイツによって掲げられ、

ユダヤ人、障害者、精神障害者、性的少数者を虐殺するための根拠だとされた優生思想。

「障害者も健常者に追いつけるよう、努力をしなければならない。

何故なら、障害者であると云うことは、
コストパフォーマンス的にも劣っており、
社会への害悪であり、

(それ故、彼等は排除されなければならない。)

悪である。

したがって、障害者も、少しでも世の中の負担にならないために、

健常者に追いつけるように、

水面下で努力をしなければならない。」

と云う考え方につながって行くものが、

流布されて行く。



自由や自立を謳いながら、そこにあるのは、

健常者に近づく努力を求めると云う危険思想だ。



Gさん(自立生活センターのひと)からのメールにはこうあった。

>少なくともGさん(自立生活センターのひと)がこれをわたしに
>送ってきた意図ってあるわけでしょ?
>
> +++
> おんぶに抱っこで面倒臭いことは他人任せのくせに欲しい権利は一人前かよと笑われる。
>
>
> 健体者にお膳立てしてもらう裸の王様じゃ誰も僕を本気で相手にしてくれないじゃないか。
> +++
>
> あたりなんぢゃないですか!?

たしかに、このあたりは(カゲリンだけでなく)重要です。
現にこれまでのカゲリンの介助者の中には多かれ少なかれ似たような
意味のことを言っていました。

> 障害者はひと一倍、頑張らなければ、と云われてるみたいだと思う。

ひと一倍努力しろと言いたいわけではありません。

が、ほとんどの(介助者を含めた)健常者の気持ちがこれだと思うのですよ。
ここをしっかり受け止めなければならないということ。

そして、ケータイ買ったり文章書いたり好きなことをするためには
まずはここにしっかりと向き合わないと、絵に描いた餅に終わる可能性が
あると思うんです。

まずはここをしっかり安定させて、その次の話かと。
優先順位の話かな。

要するに「ひと一倍努力しろ」と云っているぢゃないか!

ほとんどの(介助者を含めた)健常者の気持ちがこれだと思うのですよ。
ここをしっかり受け止めなければならないということ。

って、要するにそう云うことでしょう?



最近のぶるーむ(自立生活センター)に感じる違和感は、次のようなものだ。

ぶるーむ内部にある、

  • 〈当事者はもっと主体性を持って自立するべきだ論〉

  • 〈介助者ロボット化計画〉
  • すべてを

    自分でコントロールできる、

    健常者に近い障害者のほうが偉い

    とでも云われているみたいに感じられてならないのだ。

    まるで、

    白人に近い黒人のほうが偉い!

    とでも云う乱暴な論理(ロジック)のようなものではないか!



    所謂、〈非定型者〉として、

    そんな乱暴な論理(ロジック)には

    否やを唱えたい。



    書き足しながら、2015-11-14から綴ってきたわけだけど、善い加減、公開しなければ完全に機を逸してしまう!と思って、

    公開に踏みきることにする!

    書きもらしたことも多いような気がするし、
    公開日時もとても迷ったのだけど、

    埋もれてしまうのもなんなので、リアルタイムにしてみる!



    ……しかしまあ、ほんとうに本気でひとをdisってしまったことであるよ(←漢文調詠嘆)(´・ω・`)!



    ■■■ おまけ ■■■

    Twitterで流れてきた動画。
    今のぶるーむ(自立生活センター)のようだと思う。

    独 ワイマール憲法の教訓/緊急事態条項の危うさ(報ステ・動画 3/18)