ミカヅキカゲリ

11/1はわたしの生誕祭だった。善い機会だから、此処のところ、自分の中で辿り着いた答えのようなもの、見えてきた答えのようなものを、ここらでちょっと纏めておこうと思う。



こうした作業をすることを、わたしは〈自分会議を催す〉と呼び慣わしている。

そう云うわけで、自分会議、開始!



此処のところ、ひと月近く、わたしは躰(からだ)の調子が優れなかった。

発端は9/25に、さあ寝ようと思ったら、同行だったから(同行中は寝ないようにしなさいと云われているのだ。)、無理に活動して病院に行ったことがあったのだ。その後、ショートステイに行ったけれど、ショートステイのところで、わたしは38℃の熱を出した。

折しも月末には新人賞の〆切が控えていて、ショートステイのところで仕上げをする予定だった。だけど、何ひとつ、できなかった。

そして、月曜日の病院から帰ってから、水曜日の午後に自立生活センターに行くまで、追い込みで原稿をわたしはやった。

そのあいだ、ほんとうに偶々(たまたま)だったのだけど、慣れた介助者ばかりが入って呉れていた。



わたしは文章を書くことに熱中すると、暑さや寒さ(それでなくとも、発達障害は体温調節ができない。)、時間、咽喉の渇き、空腹感から尿意まで、判らなくなってしまう。意識できなくなってしまうのだ。

慣れた介助者ならば、わたしが原稿に熱中していても、適切な声掛けやフォローをして呉れる。そして、それは大変にありがたい。



その3日間、殆ど眠らず、わたしは原稿に没頭できた。それが許される環境がその3日間には、あったと云うわけだ。
仮令(たとえ)ば、水分補給然り、トイレ然り。書き終えて、プリントアウトする段になってもスムーズにプリンターを出して呉れたり、プリントアウトしたものを封筒に入れる段になってもスムーズに宛名を書いて呉れたり。
ほんとうにありがたかった。逆に云うなら、慣れた介助者でなかったなら間に合ってはいないだろう。

その3日間、心底、充実していたし、やっぱりわたしは文章を書くことをやって行きたいと改めて痛感したし、仕合わせだった。



自立生活センターには、わたしが障害者運動に消極的だと云って、非難する向きもある。だけど、やっぱりわたしは障害者運動よりも書くことをやって行きたい。改めて痛感させられた。



わたしは思ってしまうのだ。

『たしかにわたしは障害者だけど、その前にミカヅキカゲリだし!』



だけど、その3日間の充実が終わってみれば、相変わらず介助者が足りなくて穴になってしまっていたり、慣れない介助者が入っていたり、ショートステイに行かなければならなかったり、ミカちゃん(弟)を頼らなければならなかったりと云った、何ら変わらぬ現実があって、その落差に改めて打ちのめされた。

まだ躰(からだ)の調子も悪くて、気管支炎めいてきて、何度目かの内科でまさかのインフルエンザ陽性! 流行の最先端すぎる! 治らないはずだよ!
原因が判っても治るわけではなくて、別の風邪を挟みながら、相変わらず気管支炎めいていて、躰(からだ)の調子が悪かった。



そうするうちに、事件が勃発する。
ヤフオクで、エヴァンゲリオンスマホを落札したのだ。
衝動買い!
スムーズに取引できて、ご満悦だった。

ところが、

ミカちゃん(弟)に、酷く怒られてしまった!

「なんで相談せんと?」

「なんで勝手に贖(か)うん?
ぜんぜん成長しないやん、パソコンのときもそうやったやん!」

「白ロム? シムフリー? OSは?」

思いつきだけだったわたしは、何ひとつ答えられなくて。

嗚呼。

思う。

嗚呼、わたしは遂(とう)に、狂っているのだ!

自殺未遂までして、わたしは何ひとつ、学んでいない。

自殺未遂までして、わたしは何ひとつ、成長していない。

わたしはとうていだいじょうぶになれない!
発達障害の酷さと云ったらない。

とうてい生きてゆけないレベル。



そこで、極限まで、落ちた!
極限まで、追いつめられた!

どのくらい極限かと云うと、アラーム音や蝉の声などの幻聴が聞こえはじめたくらいだ。
命令されないだけ、まだ善いかも知れなかったけれど、わたしを焦らせるには充分だった。

と云うのも、自殺未遂の前にもやっぱりわたしには幻聴が聞こえていたからだ。そのときの幻聴は時限爆弾の音だった。追いつめられる類のものなのは今回と変わらない。

自殺未遂の前のわたしは狂ってしまっていたと思うから、二の舞になったらどうしよう、わたしは焦った!

精神科の先生に無理を云って薬を増やして貰ったところ、効きすぎて、まともに起きていられず、呂律も回らない!

メイラックスのジェネリックだと云うその薬を飲みはじめて、3週間が経った。明日は診察だ。先生に云って薬をやめて貰おうか、悩んでいるところ。

躰(からだ)の調子はやっとのことで戻ってきたみたいだ。

現在までの状況は、以上のようなもの。



此処から、自分会議は後半部に突入することになる!

さあ、さっそく突入!



一連のできごとを受けて、自分の中で辿り着いたこと。見えてきたもの。



1.やっぱりわたしは文章を書いて、生きてゆきたいと云うこと。

2.そのためには、ひと一倍、お膳立てをしてやることが不可欠だと云うこと。



エヴァンゲリオンスマホの件でも判るように、わたしはひと一倍、動揺しやすいみたいなのだ。
すぐ、生きてゆけないと思ってしまうほどに追いつめられてしまう。

わたしにだって、本来ならば善いところはたくさんある。
伸びやかさ、自由さ、独創性、文章力。

その本来から備わっているはずの持ち味やポテンシャルを存分に発揮するためには、ひと一倍、周りのフォローが必要。
希死念慮(きしねんりょ)に囚(とら)われがちなわたしがポテンシャルを存分に発揮するためには、わたしのことを乗せてやると云うか、転がしてやるみたいなことが欠かせないみたいなのだ。



具体的には、慣れた介助者による安定した介助。
介助時間も必要。

でも、現実はそうなっていない。



それを考えるとき、わたしはアンヴィバレントな思考に囚(とら)われる。

それでも、わたしの生(せい)には意味があってわたしは何ごとかを為せるのだから、周りはお膳立てしてでも、助けなさいよ、と云うもの。

一方ではわたしってコスパ的に最低だと思いもする。
区役所だって、わたしなんかに税金を使いたくないだろう。
やっぱりわたしは生きてゆくことを許されていないのだ。



2015-11-08 1:00-9:50up