2009.03.16.
親切なPTさんのおじいちゃんが亡くなったそうだ。
前の病院のOTから、メールが来た。わたしも昨日からメールを書いていたところだったので、ちょっと運命感じてしまった。
音楽担当者からは、しっかりとフルコーラス分のデータが送られてきた。本格的にやばい。
2009.03.17.
親切なPTさんがおじいちゃんのお葬式でお休みなので、リハビリはお休みだった。
だから、午後を小説に専念しようと思っていたのに、不安時の頓服をのんで少し休もうと思ったら眠ってしまった。
前の病院のリハビリの助手さんの人工授精に成功したらしい。
2009.03.18.
お父さんからこんなメールが来た。
「今着いた。誰もいない。案内状を確かめた。場所は合ってる。おかしい。なんだ昨日だつた。悲しいな」
昨日、受精に成長したと云う助手さんからメールが来て、卵をもう子宮にもどしたそうだ。
今日は弟がお休みなので、家に帰って、髪を洗ってくれる予定だったが、この前お風呂が中止になったので今日入れてやろうと云う話だったので、予定を変更して、海にドライブに行った。ソフトクリームを弟と二人で食べた。
だけど、天婦羅を食べて、急いで帰って来たら、風呂は中止になっていた。だけど、わたしだけ入れようと云うことになった。凄く雑だった。
2009.03.19.
三回も泣いてしまった。
2009.03.20.
祝日だったけど、リハビリはあった。今日も泣いてしまった。
遅れがちになっているこれを埋めようと頑張った。
2009.03.21
デイジー図書で「ダレン・シャン5 バンパイアの試練」と「ダレン・シャン6 バンパイアの運命」を聴き終わった。
お父さんがお萩と豆乳とヨーグルト(並べてみると、凄い組み合わせだ)を買って来て呉れた。
2009.03.22.
新人賞用の小説を書き終わった。
お父さんがわたしを家に連れて帰ってくれて、お風呂に入れてくれた。
それからお昼ご飯もカレーだったけど、お父さん特製のカレーを少し食べた。ヨーグルトもたべた。
デイジー図書で「ダレン・シャン7 黄昏のバンパイア」と「ダレン・シャン8 真夜中の同志」を聴き終わった。
2009.03.23.
友人との音楽企画の作詞をした。
昼間に弟が来た。
作詞は今までより長かったので、繰り返し聴きながら、かなり苦労した。消灯後、12時半位まで粘って、やっと書き終えた。あとは、小説だ。
2009.03.24.
お風呂に入れた。
それから、区役所の人達が来て、自立支援法の障害区分の判定の為の聞き取り調査をして行った。
やっと記述がおいついた。
2009.03.25.
音楽企画の第一弾の小説「貝殻軟骨」を書き終えた。
デイジー図書でゲーテの「ファウスト」を聴き終わった。
友人との音楽企画の第二弾「復讐の大祭」の小説を書きはじめた。
2009.03.26.
デイジー図書で、小野不由美の「十二国記 月の影 影の海 上・下」を聴き終わった。
看護師さんが「年齢見て、吃驚しちゃったわ。高校生くらいかと思っていたわ。」と云っていた。
そう云えば、入院時も看護師さん達が混乱していた。わたしのことを18か19と聞いていたらしい。弟を見て、「旦那さん?」「まさか。だってまだ18なんよ。どんな幼妻なん。」と云う会話を交わしていた。幼妻。
2009.03.27.
今日は誰も来ないのかと勘違いして、看護師さんに夜の歯磨きを頼んでしまった。その後、弟が来てくれたんだけど、幾分手持ち無沙汰そうだった。悪いことをしてしまった。
デイジー図書で何やら英語の本を聴いたが、全然判らなかった。ちょっと自信喪失。悔しいのでまだ返さないことにする。
何だか、とても眠い一日だった。夜、ちょっと休憩しようと思って、横になったら、そのまま眠ってしまった。
2009.03.28.
松たか子とオウヤンヒーヒーとhydeの夢を視た。
朝、六時過ぎから目が覚めたので今七時過ぎだけど、もうパソコンをつけてもらっている。これがビルケナウの善いところだ。
今日は家の片づけをすると云っていたのに、何故か皮膚科に行くことになった。弟が家の片づけをすると云うから、無理矢理休みを取ったのに、誰も居ないってどう云うこと?? といっていた。可哀相に。「お父さんは云ってること違うし、お母さんはお母さんで折り紙教室とか行くし、お姉ちゃんはお願いしかせんし。どうなっとうんこの家族。」
2009.03.29.
朝から、お父さんが来て呉れた。わたしに朝食を食べさせてパソコンをつけると、学校に行った。そして、昼食時にまた来て、食べさせ、トイレに連れて行ってくれて、家の片づけの為に帰って行った。
友人との音楽企画第二弾「復讐の大祭」の小説を書き終わった。今回はちゃんと〆切前だ。それに音楽担当者より早い。ちょっと優越感。
デイジー図書で立花隆の「臨死体験 上」を聴きおわった。
弟を怒らせてしまった。
今日はビルケナウに来て以来、1,2を争う位、厭なことがあつた。一時間くらい泣いた。
2009.03.30.
今日も弟を怒らせてしまった。挙げ句の果てには、それで不安定になったわたしが不安時の頓服を頼むと、「その頓服って云うのも当て付けにしか思えんのやけど。」と云い残して帰っていづた。
音楽担当者から楽曲データが届いた。わたしの優越感も儚いものだったな。彼の几帳面さに頭が下がる。
体外離脱の訓練を始めた。
2009.03.31.
主治医が今日で辞めると云うことで、昼間にお父さんが来ていた。そして、リハビリをちょっと見学して帰ったのだけど、リハビリ室で格好良いと評判だった。
また弟が不機嫌だった。
デイジー図書で立花隆の「臨死体験 下」を聴き終わった。
「復讐の大祭」の作詞を始めた。