…ちょっとタイトル嘘入ってます(苦笑)。神妙な気持ちになっているのは確かだけど、ここまでではありません。

脳に機能障害があります。
といっても知能障害ではなく、感情面に問題があるのだそうです。
それは心理学的に云うと、アタッチメント(愛着)の形成不足なのではないかと自己分析してみたりするのです。
本日は体調の優れない中、六時間にも及ぶ缶詰状態で(研究発表会)その間ずっとそのことを考えていました。

どうもわたしは他者とうまく関わっていけないのです。
といっても別に反社会的なのではなく、他者への自発的関わりを持続的に行っていくことに困難を覚えるのです。具体的にどういうことかというと、大好きな恋人からのデートの誘いへの返事を延ばし延ばしにして1週間とか、1ヶ月以上も書こうとしては後回しにしてしまっているメールや手紙があるとか。
そこに想いが無いわけではないのです。むしろ逆。
期待や思い入れや気負いがありすぎて、身動きが出来なくなってしまうのです。
自分でもまったく愚かだとは思うのですが。
結局恋人には1週間も待たせた挙句、当日に断りをいれる羽目になりました。…今日が発表会なのは誘われた時点でわかりきっていたことなのに、どう断ればいいか考えているうちにどんどんそれが負担になっていったのでした。最悪です。

そんなことと疲れから、夜、帰宅した途端に体が動かなくなりました。眠ってもいないのにセルフ金縛り状態。
しかし、そこに一本の電話が。
「体調が悪い、来てご飯を作ってくれ」
当然わたしは渋ります。が、押し問答の末、行くことに決めました。
体が動くようになるのをひたすら待って、自転車で40分の道程を寒空に漕ぎ出しました。ただでさえ体調悪いので、凍死しそうです。

そんなときにわたしを支えてくれるものは決まっています。
それは歌です。
歌はわたしにとって、かなり切実な意味を持ちます。
わたしはよく歌をうたい、普段の不可思議な印象からふわふわ歌っているだけのように受け取られるのですが、実際のところ水面下では激しい水掻きが行われているのです。
わたしが真剣に歌うのはかなり追い詰められた時です。そしてその状況に対処しようとしているときです。歌に集中することで空想を生み出し現実から意識を逸らし、そのことで逆説的に現実の中に踏み留まってなんとか頑張ろうとするのです。
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