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ほんとうのさいわい


宿でのこと。
宿を切りもりしているのは、とてもそうは見えないけれど、今年70になったというしゃきしゃきの奥さん。
奥さんは台湾の出身らしい。とても可愛いらしいひと。

それにもう一人、43になる息子さんがいる。
息子さんは20で家を飛び出してずっと東京に居たのだけど、最近こちらに帰ってきたのだと云う。

しかし、この二人がうまく行っていない。
今日も朝から喧嘩をしていた。

奥さんが息子さんに何か云うと、息子さんは、
「わかんねぇよ、ちゃんとした日本語を喋れ!台湾人!」
と云う。
台湾からやって来て日本で一生懸命日本語を喋りながら頑張ってきた奥さんに対して、それは一番云ってはいけない言葉だと思う。
けれど、息子さんばかりを責めるわけにもいかない。彼には彼の事情があるのだろう。家を出るまでの20年間、彼が抱えた台湾人の子供としての心情はわたしにはわからない。台湾人を毛嫌いするのには理由があるのだろうとだけしかわからない。
そして、売り言葉に買い言葉の罵り合いが続く。

どちらも悪いひとぢゃないのだ。
ただふたりの心の在り処が行き違っていて、うまく噛み合わないだけ。
それが端目にもわかるだけに、なんだかひどく切なかった。

わたしは一夜の宿を求めただけの一介の旅人で、このひとたちのこれからに関われるわけでもない。
でも何かできないだろうか。

結局、わたしに出来たのは、カウンセリングを学んだものとして奥さんの話を丁寧に聞いて今日の鬱噴を払ってあげることだけ。
一生懸命、感謝の意を伝えることだけ。
また来るから、笑顔で旅立つことだけ。

多分、あしたになれば彼等はまた同じ喧嘩をするだろう。
そのときにはもう、わたしにはどうしようもないのだ。

わたしは彼らから少しだけど幸せな時間をもらった。
家庭的な暖かい宿。
だから彼等にもしあわせであってほしい。
 
 

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