唐突に、本当に唐突に、過去の思い出に囚われることがある。
小さな過去の思い出、あるいは小さな後悔。

よくいじめの話なんかで先生が、「したほうは軽く忘れられても、された方は一生忘れない」というけれど、あれは嘘だと思う。
わたしを捕らえ、身動きできなくするのは必ず、
自分の犯した小さな罪の記憶たちだ。

自分がされたことを思い出して悲しくなるなるのなら、まだましだ。
哀しむ相手、恨む相手が他にいる。
けれど、自分だけが忘れられずにいる罪は、
おそらく相手はもうとうに忘れてしまっているだけに、
いつまでもヂリヂリと心の奥底で燻りつづける。
わたしはわたしを憎むしかない。

なんでもない穏やかな時間に、それは不意に襲ってくる。
きっかけ、なんてものではなく、ほんの弾みで。
本の一節、マンガの一シーン、ふと口ずさんだ歌の歌詞。
普段は何てことないそれらのものが、ある瞬間、記憶を運んでくる。

途端、わたしの周囲に檻が降ってくる。
蒼い半透明の檻。
わたしは途端に囚われて、身動きさえ出来なくなる。
何が哀しいのか、なにが切ないのか、
それすらもまだよく思い出せないまま、
わたしは涙を流す。
降り注ぐ檻にぶつかった泣き声が空間を歪ませる。

そうして為す術もなく閉じた空間で泣きながら、
わたしを捕らえているものの正体を、ようやくわたしは探り出す。

それは遠い日々。
幼く、醜く、歪んだわたしの、小さな罪。

たとえば、弟。
全幅の信頼を寄せてくる弟に、わたしがした小さなイジワル。
誰もそれを責めないのに、弟も覚えていないだろうに、
遠いときを経た、いまのわたしが涙を流す。

幼い日々、わたしにとって弟はマイナスの感情の対象だった。
弟という存在を通して、わたしは世の中や自分の汚い部分を知ったと思う。
それはある意味で、当たり前のことだった、
わたしが特に悪いわけではない、
そう冷静に思えることもあるのに。

半透明の檻だから外の世界も見えるのに、抜け出せない。
先にも進めず、かといって、あの日に戻ることすら出来ない。
いまのわたしに、いったい何ができるのだろう。
あの日裏切った小さな弟のために。
それからずっと自分を責め続けている、小さなわたしのために。